「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」
BUENA VISTA SOCIAL CLUB

 星陵MLの皆様。昭和48年卒の野村和寿です。この間ははからずも、島田君におひきたてを賜り、ありがとうございました。あんまりいい映画なので、ちょっと長いですが、すこしおすそわけします。
 映画の題名は「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」


 2000年1月15日の午後、初日の渋谷の単館ロードショー館シネマライズには、映画開映時間の30分も前だというのに、チケットを求める長い列ができていた。普段は見慣れない、50代のVAN JUN世代のおじさんとその元恋人つまり、今は年の少しいったおばさんのカップル、20代のカップルそしてうさんくさい、ぼくのような年齢不詳の人間たちが交互に列を作っていた。
 2階にある映画館は、映画館の中が、1階と2階席に分かれて、小型の劇場ながら、上映前のごったがえしたざ感じは、ひさびさのざわつき・・・。
 前おきが長くなった。いつになく、年齢に幅がある満席、立ち見の観客たちが待っていた映画のこと。
 キューバに乗り込んだ、ワールド・ミュージシャン、ライ・クーダーが、時代から消えていた90歳のピアニスト、80歳のボーカリスト、パーカッショニスト、ギタリスト、ベーシスト、トランペッターを次々と発掘して、ハバナのスタジオで、録音セッションを始める。
 もう10年以上前に歌をやめていたボーカリストは、靴みがきをしていた。そして、発掘のスカウトに、「今すぐ来て歌ってほしい」といわれると、「ちょっと待ってくれ。靴のクリームをふき取ったら、すぐに行く」。90歳の老ピアニストは、もう10年間も弾いていない。「関節炎をわずらっていたので」とうそをいう。本当は貧しくて、ピアノがなかったのだ。
 スタジオに集まった平均年齢ざっと70歳以上の、もう風の便りには死んだと伝えられていたかつてミュージシャンたちは、旧交をあたためる暇もなく、昔歌っていたナンバーをそれこそ、なんの打ち合わせもなく、一発でセッションを成功させてしまう。特に、ポパイのくしゃんとした顔に似た、ボーカリスト(イブライム・フェレールという名前だとそのとき初めて知った)は、少しもしわがれていない、とても澄んだ黄金のボーカル。パーカッション ドラムの裏がない、4つのドラムからなるティンバレス奏者の老人は「シンプルなパーカッションであるティンバレスはシンプルなだけに、それだけで色をつけるのがなかなか難しい。けれど、楽団の中で、この楽器が華麗さを出す。最高に」と語る。確かに彼の手にかかると、とても華やぐ。
ピアニストの老人は、90歳なのに、「子供が5人いるが、もう一人欲しい。もう一人今仕込んでいる。」と語り、「人生こそ、歌と、女性と花とロマンス」だといいきる。そして、路上のばくちにうつつをぬかしている。音楽はテクニックでもなんでもなくて、人生の呼吸そのものだ。まさに。もう3代も続くベーシストの老人は、最初、バイオリンをやっていたが、ベースをやらされた。でも、結局のところ、どの楽器も同じ。「楽器は慣れさ」といいきる。
 南国のカリブ海の島の共産主義はどことも違う。本当に貧しい経済。19世紀のヨーロッパ統治の建物が「世界遺産」なんて陳腐な言葉をつかわずとも、そのままで使われているし、別に、オールディーズでもなんでもなく50年代の大きなアメ車がオンボロのまま現役で走る。それも極彩色のつぎあてをほどこしつつ。 バスがわりのトレーラートラック 牽引されたトレーラーには、鈴なりの人々。ドラム缶をころがして遊ぶ大人。もうオンボロの町の人々の表情は、貧しさの影はなく、老人ミュージシャンは、その環境の中で、昨日までただの市民として、彼らの中で埋もれて生活していた。 悪くいえば、ただのうさんくさい、くったくもない「じじい」たちが、セッションを繰り広げた瞬間、ピアノの打鍵の音はとても心に突き刺さり、深い。パーカッションの瞬発力のカッとした高揚感はこの上なく、ベースのダブルで弦をピチカートする重音奏法や、どこまでも高い、色彩感のハーモニクスの美しいこと。まるで、バッハのような世界。この好ましき、「どうしようもない」じじいたちは、2日間だけアムステルダムで、コンサートを繰り広げる。コンサート会場で曲を演奏する場面、そして、最初の録音の時のスタジオ場面、そしてそして、荒涼たるハバナ葉巻の工場の横の砂ぼこりの道で、歩きながら、同じメロディーを奏でるギタリストや、トランペッター。このドキュメントを撮ったのは、「ベルリン天使の詩」のヴィム・ベンダース。あっというまに映画の尺である90分は過ぎ去っていく。
 何でもあるでも荒涼とした都会の映画館に集まった人々に与えてくれた、「素敵」きわまりない音楽、映画はさらにとっておきの結末に向かっていく。それは今は言うまい。映画が終わった後、期せずして巻きおこった盛大な拍手。観客は、50代の親父も20代の女の子も涙で顔をくしゃくしゃにしている。もうどうしよう。心が洗われるどころか、さらに迷ってうろうろしてしまうすごいとっておきの体験である

Date: Sat, 15 Jan 2000 17:07 +0000
Subject: [seiryo:04278] BUENA VISTA SOCIAL CLUB