「遅れてきた春」 0009
 「ヤーあ、おじさん、お久しぶりです。」 男はことさら気軽な調子で話そうとしていた。これから展開される場面を想像すると、思わず自分でも顔が引き締まり、つばをごくんと飲み込む音まで聞こえた。
「おじサンの捜していらっしゃる楽器をお持ちしました。」
すでにかなり年をとった白髪のLuthierは薄汚れた白衣を着て、木屑の散らばった机に向かって、木を削っていた。心持顔を男のほうに向け、軽くうなずく。背中もかなり曲がり、客の姿もない寂しいこのアトリエにいる姿は、なんとなく切ない気持ちにさせるが、男を一瞥したその目つきは、鋭いはっしとした光を放っていた。

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