「遅れてきた春」 0014
「ばあさんたち!エドナにケート、こんなところで一体…」
「やっぱり、お前だ、サカキシロー」
「ぼんやり何をお考えだい?おおかた女のことだろ」

 ひどい訛りの英語だ。  男はいまいましさをおくびにも出さず切り返す。

「それよりどうした、スイスくんだりまで、また流れの料理人に舞い戻ったか?」
「馬鹿お言いでない侯爵様のお供さ」
「殿様は奥様をトスカナのお城にお残しなさっても、あたしらは世界中のどこへでもお連れになる」
「あたしらの料理しか口にされんのさ」

 双子とは不思議なものだ。一人でしゃべるべきことを同じ音色の声で、しかし微妙に異なる音程で矢継ぎ早にしゃべる。半音いや四分の一音か、奇妙なエコーだ。

「希代の変人だな、フレスコバルディ侯爵…ところで例のものは?」
「酒かい」とエドナ。
「それとも銃かい」とケート、二人とも大袈裟な巻きスカートの中から出そうとする。
「よさねーか、こんなところで。それよりまずカッテージパイとシチューだ」
「おあいにくさま、これからベルンまで殿様追い掛けてドライブさ。あたしらはこの街で食材探しでね」
「そいつはちょうどいい。侯爵の顔も拝みたいし、相乗りとしよう」
「こっちこそ渡りに舟、ハンドルを頼むよ」

  二人の後ろにはポルシェ911カレラが主人を待つ忠実なブラックレトリバーのように鈍い光りをはなって待っていた。二人は十字をきってから後部座席に乗り込む。

「シートを下げるぜ。狭くないか?このケースは置けるよな。それよりなんのまねだ、縁起でもない」
「おまえさんといると何か起こりそうでね」
「ひさしぶりにワクワクするよ、全く。エドナ、壜をおよこしよ」
「さて、ベルンまで後ろで一杯やっていくか」
「いい加減にしろよ、まったく。あんたらみたいな跳ね返りの海外活動家がいたんじゃアダムズ党首も頭が痛いだろうよ」
「あんなヒヨッコにはまだまだ」
「あたしら二人は百年近く戦ってきたのさ」
「かなわねー、とにかく行くぜ」

エンジンが一吠えすると同時にタイヤが悲鳴をあげた。