この歌曲集は、13世紀のスペインに於いて、歴史・医学・天文学から音楽まで幅広く学問の援護者として賢王
(El Sabio)の誉れ高く、レオンとカスティーリャの両王国を治めた、アルフォンソ10世(1221-1284)によって編纂された美しい手稿本である。歌曲集には約400数葉の魅惑的なメロディーと、10葉毎にちりばめられた賛歌(頌め歌)と細密画(ミニアチュール)が、高価な羊皮紙の上に、ネウマと呼ばれる難解な記譜法による楽譜と共に描かれている。
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多くの学者がこのネウマ譜を現代譜に翻案するという困難に挑んだが、その解釈は十人十色、多様な結果を残している。が、この困難を克服し、現在の定番となっているのが、スペインの碩学アングレス(Higinio
Angles 1888-1969)がまとめ、バルセロナ中央図書館より出版された「La Musica Cantigas de Santa Maria
del Rey Alfonso el Sabio」である。 |
一方10曲毎(曲番10,20,30.....400)の楽譜に添えられた美しい細密画(ミニアチュール)には、当時の音楽・楽器の様子を今に伝える、貴重な資料かつ美術品であり、当時の様々な楽器や、スペイン人のほか、アラビア人の楽士も描かれており、今は滅んでしまった多くの楽器や、その奏法についても教えてくれるのである。アンサンブルを楽しむ様、王の御前で奏楽する姿など、その生き生きとした様子は、今にも楽士の奏でる音が聞こえんばかりである。 |
頌歌の歌詞は、聖母マリアの為した奇跡を讃える物語が多く、王自ら、あるいは聖職者・世俗の人々まで、病や傷が癒えた話など、彼女の御利益を感じさせるかのようなエピソードは、世俗的で身近な感を抱かせるものとなっている。また、歌の言葉には、当時叙情詩を詠うのに最も相応しい響きを持つと言われたガリシア語が選ばれ、歌曲の美しい旋律と相まって、その母音の典雅な響きと押韻は文学としての意味を超えて、我々を魅了してくれるのである。 |
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